東日本大震災による被害を受けた地域での無償アロマケア活動チーム“COCORO”公式サイト

寄付のお申込み


2013/03/11

あれから二年

初めて神戸から東北へ降り立った日、
まだ米軍が整備したての仙台空港と市内を結ぶ道路の両脇は
流された車が田んぼに突き刺さり、
海なんて遥か遠くにも見えないエリアまで壊滅状態でした。



このとき、震災から2ヶ月。 
まだ誰もが行方不明の身内を捜すために毎日何時間も歩き続けていました。



アロマのボランティアを始めたいと申し出たとき、
それを理解していただき、活動を了承してもらうまで、とても時間がかかりました。
でもそこには沢山の方々が待って下さっていて、
「なんだか分からないけど、心が軽くなるなら何でも試したい。」と
すでに待ちきれずに列を作って待って下さっていた方々がいました。



死ぬも地獄、生きるも地獄、多くの方が震災から二ヶ月経ったとき、
「地獄」という表現をしていました。
香りと人の手の温もり。 
それで大人の表情が少しずつ和らぐのを見て、子供たちが集まり始めました。
2011年5月、現地で費やした時間は9泊10日。 
その中で炊き出し、支援物資の仕分けなどアロマ以外の時間も多く使いながら、
アロマハンドマッサージをした人数は100名以上にのぼりました。 



そこで現地コーディネーターさんと私の二人ではとてもできる規模ではなく、
任意団体Cocoroを設立しました。
いつの間にか、地元の人を自分たちの手で元気にしたい、と漁師さんやその奥様方、
Cocoroの活動は地域の方の声の中で育ってきました。



現地に行きたくても行けない人の代わりに、セラピストが行くという形。
あえてCocoroの活動は寄付で行っているのは、
多くの方が携わることが意味があると考えるからなのです。



寄付は現地での宿泊、車両代、燃料費、
他にも保育所へお渡しする子供たち用の紙芝居や備品などに使われています。
メンバー含め全員が現地までの交通費は実費、それでも誰も利益を得る活動でも、
アロマを広めるための活動でもないのです。



ただ少し、前へ進む一歩につながるように、もう来なくていいべ、の日まで、
その言葉を待ちながら活動しています。
震災から1年を越えた辺りから男性の方が多く来るようになりました。
仮設で妻のいない生活は苦しい、先の見えない不安、苛立ち、
震災直後の休む間もなく仕事を探し、住む場所を探していた時から少し時間が出来、
その時間ができたことがトラウマを蘇らせると話されていました。



震災から1年半、それまで地域のリーダー的存在だった方々が
急にうつになったり、不安定になったりしました。
当初、強く見えた人々が、少しずつ周りが元気になるにつれて、
頼られなくなったこと、自分が必要なく感じることの恐怖に悩まされていました。
心のケア、それが長期にわたる必要性はこんなところにある気がします。



陸前高田市内5カ所で行っている“香りとふれあい教室”では
もう何百人もの子供たちと一緒に活動してきました。
怖い夢を見る日が減ればいいな、余震で怯える日が減ればいいな、そう思います。



震災から1年経過した時の陸前高田市内の体育館の写真。



それから半年後、2012年10月の様子。 
草が生い茂り、そこには野原が広がっているように見えます。
時間の経過につれて、
ここにあった沢山の命があることを覚え続ける難しさも感じています。
だからこそ、全国で報告会をさせて頂くことが一つの方法かなと思っています。



今日は京都で報告会です。 お時間ある方、是非足を運んでくださいね。
活動日記